白雲院

ウィキペディアから、無料の百科事典

白雲院(はくうんいん、? - 1626年(寛永3年1月12日))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての女性。蜂須賀正勝の側室。黒田長政の正室である糸姫の生母。

生涯

鳥井越中守の娘として生まれる。その後、豊臣秀吉の宿老である蜂須賀正勝の側室となる。正勝との間には1571年(元亀2年)に糸姫を出産[1]。糸姫は福岡藩主・黒田長政の正室となったが、後に離縁し、徳島城の西の丸で暮らしたとされる[2]。

1626年(寛永3年1月12日)、死去。白雲院の死後、元々は曹洞宗の寺院であった徳島県徳島市南佐古の牛蒡庵を白雲寺と改称して葬った。その後、白雲寺は臨済宗の臨江寺と改称し、娘の糸姫も同寺に入った[3]。

脚注

  1. ↑ 『和漢名士参禅集』(国書刊行会、1978年)
  2. ↑ 『阿波國最近文明史料』(神河庚藏、1915年)
  3. ↑ 『徳島・城と町まちの歴史』(聚海書林、1982年)