矢守城
(滋賀県) | |
|---|---|
| 城郭構造 | 平城 |
| 築城主 | 矢守氏 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 杉立高政・高秀 |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 土塁・堀 |
| 指定文化財 | なし |

概要
矢守地区を南北に流れる安壷川に架かる矢守橋を中心とする200m四方が矢守城の城域とされている。矢守橋右手の安壷川沿いの雑木林には土塁や堀が残存している。
矢守城は、築城年代は定かではないが、矢守氏が築城者とされている。天文20年頃(1551年)には近江守護六角家家臣の杉立高政・高秀父子が居城していた。永禄3年(1560年)に野良田の戦いに勝利した浅井長政は、平井定武の平井城を攻めるため兵を進めた。そして、その手始めとして、浅井長政らが矢守城の杉立高政父子を攻め落城した。その当時、城主であった杉立父子は矢守城を出て平井城へと逃げたとされている。
参考文献
- 滋賀県中世城郭分布調査 5 旧愛知・犬上郡の城 滋賀県教育委員会∥編 滋賀県教育委員会
- 日本城郭大系 11 新人物往来社
