石川勝之

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石川勝之
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 延宝3年(1675年)
死没 宝永3年1月27日(1706年3月11日)
墓所 京都市本禅寺
官位 従五位下下野守
藩 山城淀藩世嗣
氏族 石川氏
父母 石川昌能、藤堂高次娘
兄弟 勝之、石川総茂正室
妻 水野忠直娘
柘植氏
子 総慶
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石川 勝之(いしかわ かつゆき)は、江戸時代前期から中期にかけての山城国淀藩の世嗣。官位は従五位下・下野守。

略歴

嫡子のまま早世した石川昌能の長男として誕生。母は藤堂高次の娘。正室は水野忠直の娘。

天和2年(1682年)父・昌能が世嗣のまま死去したため、代わって世嗣となり徳川綱吉に御目見。元禄3年(1690年)、叙任された。しかし、父同様に世嗣のまま死去した。

代わって叔父・義孝が嫡子となり、跡を継いだ。のちに長男・総慶が義孝の跡を継いでいる。