石谷対馬守

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石谷 対馬守(いしがや つしまのかみ、生年不詳-1556年)は、から戦国時代の人物。斎藤道三の家臣。[1]

略歴

石谷城(岐阜県岐阜市)城主であり、元は土岐氏の家臣であり、土岐氏が追放された後は道三の家臣となった。[2]1556年(弘治2年)4月、長良川の戦いにおいて道三に従軍するも破れ、斎藤義龍の誘いを断り自害した。美濃石谷氏は滅亡した。[3]

脚注

  1. ↑ 『織田信長家臣人名事典』
  2. ↑ 桑田
  3. ↑ 『美濃国諸家系譜』

参考文献

  • 桑田忠親『斉藤道三』新人物往来社、1973年。 
  • 『織田信長家臣人名事典』
  • 『美濃国諸家系譜』

関連項目