碇潟忠剛
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| 基礎情報 | ||||
| 四股名 | 碇潟 | |||
| 本名 | 齋藤 忠剛 | |||
| 生年月日 | 2007年2月24日(19歳) | |||
| 出身 | 京都府京都市西京区 | |||
| 身長 | 174.0cm | |||
| 体重 | 127.1kg | |||
| BMI | 41.98 | |||
| 所属部屋 | 伊勢ノ海部屋 | |||
| 得意技 | 押し | |||
| 成績 | ||||
| 現在の番付 | 西幕下2枚目 | |||
| 最高位 | 西幕下2枚目 | |||
| 生涯戦歴 | 50勝27敗(11場所) | |||
| 優勝 | 幕下優勝1回 | |||
| データ | ||||
| 初土俵 | 2025年1月場所 | |||
| 備考 | ||||
| 2026年10月26日現在 | ||||
碇潟 忠剛(いかりがた ちゅうごう、2007年2月24日 - )は、京都府京都市西京区出身(出生地は東京都江戸川区)で、伊勢ノ海部屋所属の大相撲力士。本名は齋藤 忠剛(さいとう ちゅうごう)。身長174.0cm、体重127.1kg。最高位は西幕下2枚目(2026年11月場所)。
来歴
元幕内・大碇の次男に生まれる。2歳の時に東京の小松竜道場で相撲を始め、小学生の時から全国大会に出場した[1]。埼玉栄高校に入り、相撲部に所属。3年生だった2024年度国民スポーツ大会相撲競技少年の部で個人4位。これにより三段目最下位格付出が承認された。高校生としては2023年の制度改定後、初めて三段目付出の資格を行使することになった[2]。
高校卒業を待たずに、父と兄が所属する伊勢ノ海部屋に入門、2025年1月場所において三段目付出で初土俵を踏んだ。四股名は京都相撲出身の碇潟夘三郎に由来する[3]。番付を上げ、同年5月場所で幕下に昇進。2026年5月場所は6勝1敗の7人による幕下の優勝決定戦に進出。トーナメント形式となった決定戦では、1回戦で大森に勝つと、準決勝で夢道鵬に、決勝で天空海に勝利し、幕下優勝を果たした[4]。翌7月場所は東7枚目に進み、4勝3敗の成績。9月場所は西4枚目でここでも4勝3敗と勝ち越した。
主な成績
2026年9月場所終了現在
通算成績
- 生涯戦歴:50勝27敗(11場所)
各段優勝
- 幕下優勝:1回(2026年5月場所)
場所別成績
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 2025年 (令和7年) |
三段目付出80枚目 6–1 |
西三段目23枚目 6–1 |
東幕下45枚目 3–4 |
東幕下54枚目 5–2 |
西幕下34枚目 5–2 |
西幕下19枚目 3–4 |
| 2026年 (令和8年) |
西幕下24枚目 3–4 |
東幕下35枚目 5–2 |
西幕下20枚目 優勝 6–1[注 1] |
東幕下7枚目 4–3 |
西幕下4枚目 4–3 |
西幕下2枚目 – |
| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) | ||||||
改名歴
- 碇潟 忠剛(いかりがた ちゅうごう)2025年1月場所 -
関連項目
脚注
注釈
出典
- ↑ 「全新弟子名鑑」『相撲』2025年2月号、ベースボール・マガジン社、90頁。
- ↑ 「現行制度で初!高校生が付け出し資格取得 十両・若碇の弟、斎藤忠剛の三段目最下位格付け出しを承認」『スポニチアネックス』2024年11月28日。2026年10月8日閲覧。
- ↑ 「高校生初の三段目付け出しの碇潟、6勝デビュー」『相撲』2025年2月号、ベースボール・マガジン社、92頁。
- ↑ 「十両以下各段優勝者」『相撲』2026年6月号、ベースボール・マガジン社、68頁。
外部リンク
- 碇潟 忠剛 - 日本相撲協会