神子柴遺跡
神子柴遺跡(みこしばいせき)は、長野県上伊那郡南箕輪村神子柴にある遺跡。史跡指定はされていない。出土品は国の重要文化財に指定されている。
概要
長野県南部、天竜川西岸の大清水川が開析した台地の先端部に位置する。1958年(昭和33年)以降に3次の発掘調査が実施されている。
調査では、遺構を明確としないものの、東西3メートルの長楕円形の範囲内から尖頭器・石斧などの完形の石器と黒曜石片多数の計87点(現存82点)が特異な状態で出土している[1]。石器の多くは大型品かつ高い技術で作られており、石材は伊那谷・和田峠付近のほか岐阜県や新潟県以北のものを含む[2]。特に特徴的・斉一的な石器として、分厚く断面が三角形の刃部の局部磨製石斧は「神子柴型石斧」、大型で精緻な木葉形の槍先形尖頭器は「神子柴型尖頭器」と称され、調査後にはこのような「神子柴系石器群」が東日本を中心に広く分布することが判明した[2][3]。
遺跡の時期は、旧石器時代末-縄文時代草創期頃と推定される[2]。遺跡の性格としては祭祀場説・墳墓説・デポ(埋納)説・住居説などが、石器の性格としては実用品説・非実用品説が、遺跡の時期としては旧石器時代説・縄文時代説が挙げられるなど、「神子柴論争」として多くの議論を生んだことで学術的理解を深めることとなり、当該時期の代表的・基準的な遺跡・石器群として重要視される[2]。
遺跡歴
出土品
調査で出土した石器計87点(現存82点)の内容は次の通り[4]。
- 尖頭器 18
- 局部磨製石斧 9
- 打製石斧 4
- 掻器 11
- 削器 8
- 石核 10
- 敲石 2
- 砥石 2
- 石刃 1 - 所在不明。
- 削片 1
- 剥片 21 - 4点は所在不明。
- 石斧(神子柴型石斧)
- 局部磨製石斧・打製石斧群(1-13)
- 局部磨製石斧(1)
- 局部磨製石斧(2)
- 局部磨製石斧(3)
- 局部磨製石斧(4)
- 局部磨製石斧(5)
- 局部磨製石斧(6)
- 局部磨製石斧(7)
- 局部磨製石斧(8)
- 局部磨製石斧(9)
- 打製石斧(10)
- 打製石斧(11)
- 打製石斧(12)
- 打製石斧(13)
- 尖頭器(神子柴型尖頭器)
- 尖頭器群(14-22)
- 尖頭器群(23-31)
- 尖頭器(14)
- 尖頭器(15)
- 尖頭器(16)
- 尖頭器(17)
- 尖頭器(18)
- 尖頭器(19)
- 尖頭器(20)
- 尖頭器(21)
- 尖頭器(22)
- 尖頭器(23)
- 尖頭器(24)
- 尖頭器(25)
- 尖頭器(26)
- 尖頭器(27)
- 尖頭器(28)
- 尖頭器(29)
- 尖頭器(30)
- 尖頭器(31)
- その他
- 掻器・削器(32-50)
- 石核(55-64)
- 接合資料・敲石・砥石・剥片(51-54,65,66,82)
文化財
重要文化財(国指定)
- 長野県神子柴遺跡出土品(考古資料) - 所有者は個人。伊那市創造館保管。1988年(昭和63年)6月6日指定[3]。
- 局部磨製石斧 9箇
- 打製石斧 4箇
- 尖頭器 18箇
- 掻器 11箇
- 削器 8箇
- 敲石 2箇
- 砥石 2箇
- 附 石核 10箇
- 附 削片 1箇
- 附 剥片 一括
関連施設
- 伊那市創造館(伊那市荒井) - 神子柴遺跡の出土品を展示。
脚注
- ↑ 長野県の地名 1979.
- 1 2 3 4 伊那市創造館常設展示資料案内.
- 1 2 3 長野県神子柴遺跡出土品 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ↑ 史跡説明板。
参考文献
(記事執筆に使用した文献)
- 史跡説明板(南箕輪村教育委員会、2011年設置)
- 「長野県神子柴遺跡出土品」(伊那市創造館常設展示資料案内) (PDF) 伊那市創造館。
- 「神子柴遺跡」『長野県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系20〉、1979年。ISBN 4582490204。
関連文献
(記事執筆に使用していない関連文献)
- 『神子柴遺跡緊急調査報告書 -第三次発掘調査-』南箕輪村教育委員会、1969年。
- 堤隆『狩猟採集民のコスモロジー 神子柴遺跡』新泉社〈シリーズ「遺跡を学ぶ」89〉、2013年。
- 『季刊考古学 -特集 神子柴系石器群とは何か-』第153号、雄山閣、2020年10月。
関連項目
外部リンク
- 長野県神子柴遺跡出土品 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- 長野県神子柴遺跡出土品 - 公益財団法人八十二文化財団
