福崎日精

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福崎 日精(ふくざき にっしょう、1905年 - 1969年3月11日)は、日本のコンクリート仏師。埼玉県秩父市の護国観音像は弟であり助師である福崎秀雲との共作である。

略歴

千葉県勝浦市出身で元々は左官であった。奈良県信貴山で修行した。のちに滋賀県醒井町地蔵院の僧となった。

人物

松久朋琳は著書の中で「お惣菜には梅干しと塩昆布のほかは喰わないという、まるで仙人みたいな変わり者で、自分にも他人にも厳しい人でした」と語っている [1]。また、日精が仕事で倒れ亡くなった事に関しては梅干しや昆布では体がもたなかったと評している。

作品

脚注

注釈

    出典

    1. ↑ 日貿出版社 1975, p. 134.
    2. ↑ “広報えな 2019年3月号 NO.320”. 恵那市 (2019年3月1日). 2020年9月19日閲覧。
    3. ↑ “身代り観音(江北町)”. 佐賀県観光連盟. 2020年9月19日閲覧。
    4. ↑ “江東寺・涅槃像”. 島原市 (2010年4月1日). 2020年9月18日閲覧。

    参考文献

    • 『京仏師六十年』(松久朋琳、日貿出版社、1975年)

    関連項目

    外部リンク