稲田 植政(いなだ たねまさ、元禄11年(1698年) - 元文4年9月25日(1739年10月27日))は、徳島藩筆頭家老。淡路洲本城代稲田家7代当主。
幼名は松三郎。通称は勘四郎、九郎兵衛。
元禄11年(1698年)、蜂須賀家家老稲田植幹の子として生まれる。享保3年(1718年)、中老となる。享保7年(1722年)、兄植治の末期養子となって家督相続し、淡路国の最高行政職である洲本仕置となる。元文3年(1738年)に江戸に出府し、同年10月に帰国する。元文4年(1739年)9月25日死去。享年42。家督は嫡男の植久が相続した。
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