竇 賢(とう けん、生没年不詳)は、中国の北周から隋にかけての政治家。字は託賢。本貫は扶風郡平陵県。
竇毅と襄陽長公主(宇文泰の五女)のあいだの子として生まれた。567年、神武公世子となった。578年、使持節・儀同大将軍に任ぜられた。隋の開皇年間、神武公の爵位を嗣ぎ、遷州刺史に任ぜられた。618年、唐が建国されると、金遷房直均五州諸軍事・金州刺史の位が追贈され、杞国公に追封された。
竇孝宣の子の竇徳蔵が後を嗣いだ。
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