箱崎文応

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箱崎 文應(はこざき ぶんおう、1892年(明治25年)4月7日 - 1990年(平成2年)2月6日 )は、天台宗の僧侶。比叡山延暦寺の千日回峰行を戦前満行した行者として知られる。天台宗北嶺大行満大阿闍梨、大僧正、比叡山一山 飯室谷不動堂長寿院住職を務めた。

経歴

福島県石城郡小名浜町(現・いわき市)に生まれる[1]。出生時の名は箱崎作[1]。

幼少期より貧困の中で育ち、14〜15歳から働き始めるも仕事を転々とし、酒に溺れ、荒んだ青年時代を過ごす。30代のころ、家族を残して家を飛び出し放浪していた際、津軽海峡で漁船に乗っていた際、荒海で仲間が命を落とす中、奇跡的に自分だけが一命を取り留める。雑誌で「下郎が殿様に冷遇されながらも忠義を果たし再会する話」を読み、深く感動したことがきっかけで、「翻然として仲間の霊を慰めるために出家する」ことを決意し1930年(昭和5年)に妻子や肉親の恩愛を断ち切って比叡山を訪れ、軒下での3日間の断食・修行を経て弟子入りを認められる[1][2]。

翌1931年に得度、大乗院住職、小森文諦の門弟となり、文応を名乗る[1]。   

四度加行の満行(1932年)、入壇灌頂履修(1933年)を経て、1934年より回峰修行に入る[1]。毎日未明から数十キロにおよぶ険しい山道を巡礼し、命がけの厳しい修行を繰り返し、捨て身の行を経て「山や水、自然の恵みや他者への感謝の思い」が湧き上がるようになり、登山者や周囲に温かい言葉をかける心の豊かさを得た[3]。

1938年10月25日より11月2日の間、断食・断水・不眠・不臥の堂入修行をおこなった[1]。1940年10月に一千日を満行し、昭和に入って最初に北嶺大行満大阿闍梨となる[1][4]。

以降、吉野大峰山回峰一百日(1942年)、比叡山飯室回峰一百日(1943年)、木曽御嶽回峰一百日(1944年)の回峰行をおこない、1948年の比良山回峰に際しては比良山頂に回峰修行場を開いた[1]。

1950年、比叡山延暦寺一山長寿院住職となり、1971年に大僧正(天台宗布教師一等待遇)に任じられる[1]。 

酒井雄哉が最初の千日回峰行に入る際、延暦寺一山の先達会議で条件として出されたのが「将来は飯室谷の箱崎文応師のもとで、起居すること」であり、これにより師弟関係・法縁が結ばれ、昭和49年8月より酒井を弟子とし、飯室谷長寿院にて二人きりの仏道精進が始まる。箱崎は「師子はわが子を千仉の谷底に突き落とす」という厳格な姿勢で「もう後戻りは許されぬ。気を取り直すな。今お前が歩いている道が行者の墓場だぞ。ただ無心になって山を歩け。人間のつけた屁理屈などなにもいらん。」と弟子を指導し、行道だけでなく生活や人間の基本を徹底的に鍛えた[5]。

93歳になっても夜明け前の滝行を一日も欠かさず行い、弟子の酒井阿闍梨に手を引かれながら毎朝滝に打たれた。1990年2月6日、長寿院にて遷化(世寿98歳、法寿58歳)[1]。導師は山田恵諦天台座主が務めた[6]。 40回もの断食の行を積み重ね、断食を行うと、日数を経るにつれて体が軽やかになり心身が冴え渡る体感を得たと述べており、健康法の一つとしても語っている[7]。

没後の1992年5月20日、出身地に近いいわき市勿来町の大高寺に、文応の記念碑が建立された[8]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 大高寺設置の記念碑文面による。
  2. ↑ 山田俊雄 著『出逢い : わたしの聴聞記』,p47,創文社,1985年
  3. ↑ 山田俊雄 著『出逢い : わたしの聴聞記』,p48,創文社,1985年
  4. ↑ 山田俊雄 著『出逢い : わたしの聴聞記』,p50,創文社,1985年
  5. ↑ 長尾三郎 著『娑婆に還った生き仏 : 酒井雄哉大阿闍梨の加持行脚』,p77・88,講談社,1993年
  6. ↑ 長尾三郎 著『娑婆に還った生き仏 : 酒井雄哉大阿闍梨の加持行脚』,p201,講談社,1993年
  7. ↑ 山田俊雄 著『出逢い : わたしの聴聞記』,p49,創文社,1985年
  8. ↑ いわき市出身の箱崎文応(はこざきぶんおう)大阿闍梨(だいあじゃり)の石碑の除幕式が掲載された当時の新聞記事を知りたい。また、石碑の内容が掲載された文献を知りたい。 - 国会図書館レファレンス共同データベース

関連文献

新聞記事
  • 福島民友新聞1992年5月18日(記念碑建立の報道)
  • 福島民報1992年5月20日(記念碑建立の報道)
  • いわき民報1992年5月21日(記念碑建立の報道)
  • 松村栄子「いわきで生まれた大阿闍梨」福島民報2008年1月1日
書籍
  • 島一春『行道に生きる―比叡山千日回峰行者 酒井雄哉』佼成出版社、1983年
  • 長尾三郎『生き仏になった落ちこぼれ―酒井雄哉大阿闍梨の二千日回峰行』講談社、1988年(<講談社文庫>、1992年)
  • いわきが生んだ大僧正 箱崎文應伝 鈴木秀ヲ 雄峰舎(八幡印刷株式会社)2021年3月25日

関連項目

外部リンク

先代
千日回峰行者(天台宗)
1934年 - 1940年
次代
叡南祖賢