米納津隕石

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国立科学博物館に展示されている米納津隕石。

米納津隕石(よのうづいんせき)とは、1837年(天保八年)7月13日に富永村(現: 新潟県燕市吉田地区)の田に落下した隕石[1]。

概要

弥彦山と国上山の間から飛来し轟音とともに落下[1]。質量は31.65kg[1]。日本に落ちた隕石の中で3番目に重い。

落下の衝撃で付近には気絶した人も出たという[1]。地元では薬にするため削り取られたり隕石の歌も作られた[1]。落下場所の田んぼの一角(現燕市吉田富永地区)には1962年(昭和37年)に記念碑がたてられている。

実物は東京の国立科学博物館にあり、1900年(明治33年)のパリ万博に出品された[2][3]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 “星空のレシピ vol.332”. 明石市立天文科学館. 2019年12月4日閲覧。
  2. ↑ 燕ジュニア検定問題集. 燕市教育委員会. (2012)
  3. ↑ “13年ぶりに里帰りの米納津隕石里帰り展が燕市役所で始まり予想上回る来場”. ケンオー・ドットコム. (2013年9月12日)

関連項目

外部リンク