糟屋屯倉(かすやのみやけ)は、古墳時代の筑紫国にあった屯倉。現在の福岡県糟屋郡付近と推測される。
その役所の比定地については同郡粕屋町の国指定史跡「阿恵官衙遺跡」ではないかとする説がある。
継体天皇21年(527年)、筑紫国造磐井が反乱を起こしたが、翌年の継体天皇22年(528年)11月に物部麁鹿火によって鎮圧された[1]。磐井の子葛子は、父に連座して誅せられることをおそれて、この屯倉を献上し死罪を免ぜられたという[2]。
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