紀乙魚

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紀 乙魚(き の おといお / おとな、? - 承和7年5月5日(840年6月8日))は、平安時代前期の女官。桓武天皇の女御。官位は従四位下。

生涯

桓武天皇の後宮に入り、最初に「女御」と称された人物とされる[1]。延暦23年(804年)には他の女官らとともに従五位上に叙されている[2]。承和3年(836年)に従四位下に叙され、その4年後の承和7年(840年)に死去[3]。桓武天皇との間に子女はいなかった。

脚注

  1. ↑ 岩下 2013,p5
  2. ↑ 『日本後紀』延暦二十三年(804年)七月己卯条
  3. ↑ 『続日本後紀』承和七年(840年)五月庚辰条

参考文献

  • オープンアクセス岩下紀之「桓武天皇の後宮」『愛知淑徳大学国語国文』36号、愛知淑徳大学国文学会、2013年 NAID 120005270941

関連項目