紀難波麻呂

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紀 難波麻呂(き の なにわまろ、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。贈従五位下・紀馬主の子。官位は従五位上・筑後守。

経歴

光孝朝の宝亀7年(776年)従五位下に叙爵し、刑部少輔に任ぜられる。宝亀9年(778年)左京亮に遷るが、翌宝亀10年(779年)周防守として地方官に転じる。

桓武朝初頭の天応元年(781年)従五位上に昇叙される。のち、延暦9年(790年)宮内大輔に任ぜられるが、翌延暦10年(791年)筑後守に転じ、再び地方官を務めている。

官歴

『続日本紀』による。

系譜

  • 父:紀馬主[1]
  • 母:不詳
  • 妻:不詳
    • 男子:紀砦麻呂[1]

脚注

  1. 1 2 鈴木真年『諸系譜』第1冊,紀朝臣

参考文献