織本構造設計

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株式会社織本構造設計
Orimoto Structural Engineers Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
〒141-0032
東京都品川区大崎2-11-1 大崎ウィズタワー4F
業種 サービス業
法人番号 4011101056521 ウィキデータを編集
事業内容 建築構造設計
代表者 代表取締役社長 小林光男
資本金 1000万円
外部リンク www.orimoto.co.jp ウィキデータを編集
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株式会社織本構造設計(おりもとこうぞうせっけい)は、日本の組織構造設計事務所。

略称はOSE (Orimoto Structural Engineers Co., Ltd.) 。 同社のコーポレートメッセージは「安心・安全な建物で未来を支える」[1]。

会社概要

日本の構造設計事務所として長い歴史をもち、創業は1956年。創業者は織本匠(おりもとたくみ)。 創業当初の名称は「織本匠構造設計研究所」2006年「株式会社織本構造設計」に社名を変更した。

2026年10月1日時点で創業70年であり70周年記念キャッチコピーは「確かな技術で織りなす未来」[2]。

構造設計専業事務所としては日本最大級の組織規模を誇る[3]。

駅前モニュメントから超高層建築までありとあらゆる構造物の構造設計を行っており、特に免震・制振建物の設計事例を多数持つ[4]。

その他、市浦ハウジング&プランニング主導の「P&UA構法共同技術開発グループ」に参画し耐震構造技術の開発を行っている[5]。

事業所

  • 東京本社:東京都品川区大崎2-11-1 大崎ウィズタワー4F
  • 大阪支所:大阪府大阪市西区西本町1-6-6 カーニープレイス西本町4F
  • 九州支所:福岡県福岡市博多区博多駅前1-14-16 博多駅前センタービル6F
  • 関連会社:織本構造設計工程顧問有限公司 ー台北市大安区和平東路一段145号5Fの一

沿革

  • 1956年 有限会社 織本匠構造設計研究所を中央区に設立
  • 1967年 渋谷区へ移転
  • 1971年 大阪支所開設
  • 1978年 九州支所開設
  • 1990年 有限会社より株式会社に組織変更
  • 2000年 目黒区へ移転
  • 2002年 台湾事務所開設
  • 2006年 株式会社 織本構造設計に社名変更
  • 2010年 新宿区新宿へ移転
  • 2011年 台湾支店開設
  • 2014年 新宿区西五軒町へ移転
  • 2025年
    • 品川区大崎へ移転
    • 台湾支店を「織本構造設計工程顧問有限公司」に分社化

おもな作品・業績

  • 中央公論社本社
  • 日本万博博覧会(1970) オーストラリア館
  • バーレーン アラビアン・ガルフ大学
  • 日中青年交流センター
  • 駒沢オリンピック公園総合運動場体育館
  • モントリオール万国博・日本館
  • 二子玉川ライズ
  • 山梨文化会館(免震改修)
  • 群馬県庁舎
  • ホテル日航東京
  • 東京国際展示場(東京ビッグサイト)
  • シティタワー神戸三宮
  • A-GEO・タウン
  • 国会議事堂前噴水
  • イタリアラクイラ市体育館兼避難施設

関連人物

脚注

  1. ↑ 株式会社構造設計ホームページ (URL:https://www.orimoto.co.jp/)
  2. ↑ 織本構造設計70周年記念サイト(URL:https://www.orimoto.co.jp/70th/)
  3. ↑ 構造設計べんりねっと (URL:https://arc-structure.sakura.ne.jp/report21.htm)
  4. ↑ 織本構造設計作品紹介HP(URL:https://www.orimoto.co.jp/)
  5. ↑ 市浦ハウジング&プランニングプレスリリース(URL:https://www.ichiura.co.jp/wp/wp-content/uploads/2025/01/%E3%80%90PUA%E3%80%91%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B92%E6%9C%9F_%E5%B8%82%E6%B5%A6.pdf)

参考文献

  • 織本匠; 武蔵野美術大学建築学科研究室『架構 : 構造のデザイン』武蔵野美術大学、1987年。 
  • 建設通信新聞 2016年10月3日織本構造設計創立60周年記念紙
  • 建設工業新聞 2016年10月3日