羅含(ら がん、生没年不詳)は、中国の晋代の文人・官僚。字は君章。本貫は桂陽郡耒陽県。

経歴

滎陽郡太守の羅綏の子として生まれた。幼くして孤児となり、叔母の朱氏に養育された。弱冠にして、荊州に3度召されたが、任官に就かなかった。州将の楊羨に招かれてようやく主簿となった。後に郡功曹となり、荊州刺史の庾亮の推挙により江夏従事となった。ほどなく州主簿に転じた。後に桓温が荊州に入ると、羅含は征西参軍に任じられた。さらに州別駕となった。建康に召還されて尚書郎となったが、桓温がその才能を重んじて上表し、羅含は征西戸曹参軍として再び荊州で桓温の下についた。まもなく宜都郡太守に転じた。桓温が南郡公に封じられると、羅含は郎中令として召された。ほどなく建康に召還されて正員郎となり、散騎常侍・侍中を経て、廷尉・長沙国相に転じた。老齢のため致仕し、中散大夫の位を加えられた。77歳で死去した。著書に『湘中記』3巻があった。

逸話・人物

伝記資料

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