美濃安藤氏
美濃安藤氏(みのあんどうし)は、日本の氏族。
美濃安藤氏
享禄4年(1531年)から5年(1532年)にかけての真桑・莚田用水総論の地頭職して安藤氏が確認されており、美濃国本巣郡内の地域に根差した一族であり、16世紀以降の土岐氏の内乱の中で大きく成長していったと考えられる[1]。
戦国時代に安藤守就ははじめ斎藤道三の家臣として頭角を現し、道三がその子・高政と対立すると高政方につき、高政の重臣である六人衆の一人に数えられて、高政の政務に携わった。なお、高政が「一色義龍」に名を改めると、永禄4年(1561年)3月から5月の間に六人衆も一色氏重臣の名字に改めており、守就も伊賀に名字を改めた[1]。
義龍の死後はその子・龍興に仕えたが、永禄10年(1567年)8月に織田信長へ内応し、信長が稲葉山城を包囲して龍興を没落させると織田氏に仕えた[2]。
天正8年(1580年)8月に守就と定治は突如信長から追放された[注釈 1]。追放後の守就父子の行方は一次史料からは不明である[3]。
天正10年(1582年)6月2日に起きた本能寺の変にて信長と美濃の統治者だった信忠が死亡して美濃国内が混乱に陥ると、守就と長男・定治、次男・尚重、弟・瑞蔵主は本拠であった本巣郡で挙兵した。しかし、守就らは稲葉氏に敗北して、挙兵に付き従った一族は討ち取られた[3][注釈 2]。
土佐安藤氏
守就の弟郷氏は、山内一豊の姉との間に可氏を儲けている。可氏は土佐藩の藩主となった一豊に仕えた。その後、可氏の子孫は安東→山内→伊賀と姓を改め、明治維新後は伊賀氏成(伊賀陽太郎)が男爵を授かっている。氏成の養子となった伊賀氏広は山内容堂の甥であり、日本の飛行機製作の先駆者となった。
系譜
- 太字は当主、実線は実子、点線は養子。
| 藤原光郷 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 伊賀朝光 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 光季 | 光宗 | [美濃安藤氏] 光資 | 伊賀の方 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 宗義 | 宗綱 | 光成 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 光政 | 光泰 | 光房 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 兼光 | 頼泰 | 稲葉光義 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| [奥州伊賀氏] 光貞 | 光長 | 光定 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 盛光 | 兼長 | 光直 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 光政 | [備前伊賀氏] 頼兼 | 光忠 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| [飯野八幡宮神主家] 飯野光隆 | 高光 | 光祐 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 行季 | 伊賀光就 | 光兼 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 勝隆 | 定就 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 久隆 | 定重 | 安藤直重(蒲生直重) | 山内盛豊 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 家久 | 守就 | 安東郷氏 | 女 | 一豊 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 尚就 | 右衛門佐 | [土佐宿毛山内家] 山内可氏 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 忠四郎 | 定氏 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 節氏 | 安東郷定 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 倫氏 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 晴氏 | 郷俊 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 郷俊 | 氏篤 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 氏篤 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 氏益 | 保氏[※ 1] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 氏睦 | 氏固 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 伊賀氏理 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 氏成 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 氏広[※ 2] | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 氏英 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注
注釈
出典
参考文献
- 木下聡 著「安藤守就――信長に追放された数奇な生涯」、柴裕之,小川雄 編『戦国武将列伝6 東海編』戎光祥出版〈戦国武将列伝〉、2024年5月。ISBN 978-4-86403-445-6。