建寧府崇安県の出身。幼いときから開封に上京し、楊時(亀山)に学び、荊門に行き師聖侯仲良に師事した。のちに父の学を伝えて衡山へと遊学し、晩年には張栻(南軒)の師事を受けた。紹興年間、父の余沢により右承務郎に任命されたが、秦檜が国政をほしいままにしているのを嫌がり就任しなかった。秦檜が死んだ後も、病を理由として官職を辞し、そのまま家で没することになった。
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