良岑義方

ウィキペディアから、無料の百科事典

良岑 義方(よしみね の よしかた、生年不詳 - 天徳元年(957年))は、平安時代中期の貴族。参議・良岑衆樹の子。官位は正四位下・左近衛中将。

経歴

朱雀朝にて、右近衛少将を経て天慶2年(939年)五位蔵人を務めるなど、天皇の身近に仕える。その後も、天慶6年(943年)従四位下、天慶8年(945年)右近衛中将、天暦2年(948年)従四位上、天暦4年(950年)左近衛中将と、朱雀朝から村上朝初期にかけて、近衛府の次将を務めながら順調に昇進した。またこの間の天慶4年(941年)絵所別当に任ぜられたほか、内蔵権頭なども務めている。

天暦9年(955年)頃に左近衛中将を辞任した後の経歴は明らかでないが、位階は正四位下に至った。天徳元年(957年)卒去。

勅撰歌人として、『後撰和歌集』に和歌作品1首が採録されている[1]。

官歴

脚注

  1. 1 2 『勅撰作者部類』
  2. ↑ 『吏部王記』
  3. 1 2 『蔵人補任』
  4. ↑ 『日本人名大辞典』
  5. ↑ 『本朝世紀』
  6. 1 2 3 『近衛府補任』
  7. ↑ 『貞信公記』
  8. ↑ 『系図纂要』

参考文献