葛井根道

ウィキペディアから、無料の百科事典

葛井 根道(ふじい の ねみち、生没年不詳)は、奈良時代の官人。姓は連。官位は外従五位下・伊豆守。

経歴

孝謙朝から淳仁朝にかけて造東大寺主典・判官を務める。天平宝字7年(763年)礼部少輔・中臣伊加麻呂とその子息の真助と3人で飲酒し、忌諱すべき内容(孝謙上皇と道鏡との関係か)に話が及んだとして通報され、伊加麻呂は大隅守に左遷され、真助は土佐国、根道は隠岐国へそれぞれ流罪となった。

その後罪を赦されたらしく、光仁朝末の宝亀10年(779年)外従五位下に叙せられ、翌宝亀11年(780年)伊豆守に任ぜられている。

官歴

注記のないものは『続日本紀』による。

脚注

  1. ↑ 『大日本古文書(編年文書)』3巻345頁
  2. ↑ 『大日本古文書(編年文書)』11巻253頁
  3. ↑ 『大日本古文書(編年文書)』13巻144頁
  4. ↑ 『大日本古文書(編年文書)』13巻380頁
  5. ↑ 『大日本古文書(編年文書)』4巻526頁

参考文献