蒲生保郷

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蒲生 保郷
人物情報
生誕 1873年8月
日本の旗 日本 長崎県
死没 1928年9月11日
国籍 日本の旗 日本
出身校 高等商業学校(現・一橋大学)卒業
学問
研究分野 商業学
研究機関 山口高等商業学校(現・山口大学経済学部)
福島高等商業学校(現・福島大学経済学部)
主な業績 イギリスの旗 イギリスボーイスカウトの書籍を収集し、日本の少年団活動の発生に貢献。
学会 東亜経済研究会[1]
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蒲生 保郷(がもう やすさと、1873年8月 - 1928年9月11日[2])は、日本の教育者。福島高等商業学校初代校長。

経歴

旧平戸藩士の蒲生林作の子として生まれる。高等商業学校(現一橋大学)卒業。山口高等商業学校の教授を勤めていた[1]。 1909年から1910年にかけて、文部相派遣外国留学生(文部省督学官)としてイギリスに留学しロンドンに滞在する。その際にボーイスカウトの整然たる活動に興味を持ち、ボーイスカウト運動に関する書籍類などを収集。日本に持ち帰る。

帰国後、収集した英国ボーイスカウトに関する書籍を桂太郎首相と小松原英太郎文部大臣に贈呈し、政府に「日本でも少年団活動を検討すべし」との建白書を提出する [3][4][5]。

1921年12月から1927年8月、福島高等商業学校(現福島大学経済学部)の初代校長に就任。

家族 

弟の蒲生治郷は高岡高等商業学校の教授を務めた。

著作

  • 会計学原論
  • 英国に於ける計算人の職務の一として「計算書類の作成」に就て(大正5年、山口高商第十週年記念講演集)

脚注

  1. 1 2 山口高等商業学校の東アジア教育・研究と東亜経済研究所 木部和昭 /(3)東亜経済研究会の創設 (111)-49-蒲生保郷
  2. ↑ 20世紀日本人名事典
  3. ↑ 歴史 | 日本ボーイスカウト千葉県連盟 日本におけるボーイスカウト運動 蒲生保郷
  4. ↑ ボーイスカウトの歴史
  5. ↑ 日本ボーイスカウト津島第3団 スカウト運動とは ボーイスカウト年表 蒲生保郷

関連項目