藤原脩政

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藤原 脩政(ふじわら の ながまさ、生没年不詳)は、平安時代中期の貴族。名は修政とも記される。藤原北家良門流、摂津守・藤原為頼の次男。官位は正五位下・和泉守。

経歴

長保5年(1003年)ごろ和泉守に任ぜられると、毎年相撲使による例貢の相撲を停止することを申請。3年目の寛弘2年(1005年)特別に停止することを許されている[1]。

官歴

系譜

『尊卑分脈』による。

  • 父:藤原為頼
  • 母:不詳
  • 生母不詳の子女
    • 男子:頼源

脚注

  1. ↑ 『小右記』寛弘2年4月27日条
  2. ↑ 『御堂関白記』

参考文献

  • 『美術研究 - 第 297~302 号』美術懇話會 、1975年、162p
  • 『尊卑分脈 第四篇』吉川弘文館、1958年