藤原雄滝

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藤原 雄滝(ふじわら の おたき、生没年不詳)は、平安時代初期から前期にかけての貴族。藤原北家、右大臣・藤原内麻呂の孫。下総守・藤原桜麻呂の子。官位は従五位下・日向守。

経歴

仁明朝にて蔵人を経て、承和12年(845年)従五位下・参河守に叙任される。

嘉祥3年(850年)文徳天皇の即位に伴って、同年7月に天皇の外祖父・藤原冬嗣に太政大臣が、外祖母・藤原美都子に正一位が贈られた際、雄滝は贈位の宣命を述べる[1]。同年10月に摂津守に任官している。

その後散位を経て、清和朝の貞観2年(860年)日向守に任ぜられた。

官歴

『六国史』による。

系譜

『尊卑分脈』による。

  • 父:藤原桜麻呂
  • 母:不詳
  • 妻:不詳

脚注

  1. ↑ 『日本文徳天皇実録』嘉祥3年7月17日
  2. ↑ 『尊卑分脈』

参考文献