藤原高堪

ウィキペディアから、無料の百科事典

藤原 高堪(ふじわら の たかかつ、生年不詳 - 承平2年(932年)10月)は、平安時代前期から中期にかけての貴族。藤原式家、中納言・藤原吉野の曾孫、無官位・藤原後世の子。官位は従四位下・右京大夫。

経歴

醍醐朝の中盤に肥前守を、後半に右衛門権佐を務める。朱雀朝初頭の延長9年(931年)従四位下・右少弁にあり、翌承平2年(932年)正月に近江守に任ぜられるが、同年10月に在職中のまま卒去。11月に後任の近江守として伴保平が任ぜられている[1]。

官歴

その他、時期は不明ながら左近衛少将・右京大夫を務めた[6]。

系譜

『尊卑分脈』による。

  • 父:藤原後世
  • 母:橘最雄の娘
  • 生母不詳の子女
    • 男子:藤原公方
    • 男子:藤原公康
    • 男子:藤原公将

脚注

  1. ↑ 『公卿補任』
  2. ↑ 『政事要略』巻59,477頁
  3. ↑ 『二中歴』
  4. 1 2 『貞信公記』
  5. 1 2 『小右記』長和元年7月22日条
  6. ↑ 『尊卑分脈』

参考文献