藤谷為賢

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
藤谷為賢
藤谷為賢肖像
時代 江戸時代前期
生誕 文禄2年8月13日(1593年9月8日)
死没 承応2年7月11日(1653年9月2日)
官位 従二位、権中納言
主君 明正天皇→後光明天皇
氏族 上冷泉家→藤谷家
父母 父:冷泉為満
兄弟 冷泉為頼、為賢、鷹司教平側室、
綾小路高有側室ら
養兄弟:中山冷泉為親
妻 四条隆昌の娘
子 為条、冷泉為清、山科言行、
正親町実豊室
テンプレートを表示

藤谷 為賢(ふじたに ためかた)は、江戸時代前期の公卿。権大納言・冷泉為満の次男。官位は従二位・権中納言。藤谷家の祖。

経歴

慶長11年(1606年)に従五位下に叙任して元服。

冷泉家家祖・冷泉為相の別姓であった藤谷を家名として、新しく家を立てる事を許された。その後、侍従・左近衛少将・右近衛中将等を務めて、寛永9年(1632年)に従三位となり、公卿に列する。その後、民部卿、参議、踏歌節会外弁等を務めた。寛永19年(1642年)に従二位・権中納言となったが、正保2年(1645年)には職を辞した。

承応2年(1653年)、薨去。享年61。家督は子・為条が継いだ。

系譜

脚注

    先代
    (創設)
    藤谷家当主
    初代
    次代
    藤谷為条