蘇我比咩神社
| 蘇我比咩神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 千葉県千葉市中央区蘇我二丁目2-7[1] |
| 位置 | 北緯35度34分22.1秒 東経140度7分48.0秒 / 北緯35.572806度 東経140.130000度座標: 北緯35度34分22.1秒 東経140度7分48.0秒 / 北緯35.572806度 東経140.130000度 |
| 主祭神 |
蘇我比咩大神 千代春稲荷大神 |
| 社格等 |
式内社(小) 旧郷社 |
| 創建 | 不詳 |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 10月9日 |
| 地図 | |
蘇我比咩神社(そがひめじんじゃ)は、千葉県千葉市中央区蘇我二丁目にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。
古代より蘇我比咩の大神を主祭神とし、後に千代春稲荷大神・天照皇大神・八幡神(応神天皇・神功皇后)を配祀する。近世には春日神が信仰の中心となっており、春日大明神と称していたが、近代に入り蘇我比咩神社の名を戻している。
歴史
創建の年代は不詳である。紀記神話によれば、日本武尊の東征の際、相模から総国に渡ろうとしたとき暴風雨に遭い、それを鎮めるために日本武尊の后の弟橘姫が入水した。社伝によれば、そのとき弟橘姫に付き従ってきた5人の女性も一緒に水に入ったが、そのうちの一人、蘇我大臣の娘の蘇我比咩だけは浜に打ち上げられ、里人の看護により蘇生し、都に帰った。応神天皇はその比咩の計り知れない逞しさに感激するとともに、比咩を助けた村への感謝を込めて蘇我一族をこの周辺の国造として派遣した。それを受け村人たちは蘇我比咩の惹き寄せの強さに霊魂を感じ、蘇我比咩神社を創建したという。
ただしこれには別の伝承もあり、浜に打ち上げられ蘇生したのは弟橘姫であり、弟橘姫が「我、蘇(よみがえ)り」と言ったので「蘇我」という地名となったともいう。
境内
- 手水舎
- 鳥居
交通
脚注
外部リンク
- 蘇我比咩神社(公式サイト)
