西押立村

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にしおしたてむら
西押立村
廃止日 1954年11月3日
廃止理由 新設合併
東押立村、西押立村、豊椋村 → 湖東町
現在の自治体 東近江市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 滋賀県
郡 愛知郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 1,967人
(国勢調査、1950年)
隣接自治体 東押立村、豊椋村、豊国村、八木荘村
西押立村役場
所在地 滋賀県愛知郡西押立村
座標 北緯35度07分57秒 東経136度14分39秒 / 北緯35.13253度 東経136.24419度 / 35.13253; 136.24419座標: 北緯35度07分57秒 東経136度14分39秒 / 北緯35.13253度 東経136.24419度 / 35.13253; 136.24419
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西押立村(にしおしたてむら)は、滋賀県愛知郡にあった村。現在の東近江市の北東部、愛荘町役場の南東、湖東歴史民俗資料館の周辺にあたる。

地理

  • 河川:五の谷川、淵川

歴史

逸話

日露戦争時、隣村の僧・皇順諒(皇至道の父)の講和に感化された西押立村横溝の女性たち45人が出征兵士の冥福を祈るため黒髪を根本から切り、奉書に包んで地元の新善光寺堂に納め、その髪を使って草鞋を20数足作り戦地に送った[1]。

参考文献

脚注

  1. ↑ 軍人婦人の鏡『現代修身教育の諸相と其の批判』 修身教育研究会 編 文化書房 昭和9

関連項目

関連項目