西条エリ子

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1937年のプロマイド。

西条 エリ子(さいじょう エリこ、1911年〈明治44年〉11月 - )は、日本の俳優。1930年代のレビュー・ブーム期に「娘役」として人気を博した。本名・横尾 永子[1]。

生涯

1936年頃の日活若手俳優、左から伊沢一郎、西条エリ子、近松里子、原節子、黒田記代、中田弘二(『日活画報』1936年7月号)

1911年11月、東京府浅草に生まれる[1]。

1929年に行われた東京松竹楽劇部(のちの松竹歌劇団)第2期生募集の試験に合格し、東京松竹の一員となる。同期生にオリエ津阪がいる(オリエの当時の芸名は「津阪織江」)[2]。1933年の京都日日新聞には「東都レヴユー界の明星」と銘打たれて、1期生の水の江瀧子、津阪オリエ(オリエ津阪)と並んで西条の名前が挙げられている[3]。

戦前の松竹歌劇団(SKD)のスターで『いま道のべに』に野口冨士男は「西条エリ子ほどきれいなレビューの踊子は空前絶後」であり「舞台姿はもちろんのこと、すぐ傍で見てもぞくぞくするほど美しかった」と回想している。1935年、彼女と男装の麗人増田富美子はの心中を未遂。同性愛の駆け落ちとして話題になった[4][信頼性要検証]。

1938年に松竹少女歌劇宣伝部長・兼松廉吉(兼松煕の息子)と結婚し芸能界を引退[5]。

出演作品

参考資料

  • 中野栄太郎「男装の麗人と西条エリ子 渦中に居合はして 同性愛死未遂のいきさつ」『戦前期同性愛関連文献集成』第3巻、不二出版、2006年、313-314頁、ISBN 4-8350-5753-8。 
  • 西条エリ子「男装の麗人・増田富美子の死を選ぶまで」『戦前期同性愛関連文献集成』第3巻、不二出版、2006年、315-317頁、ISBN 4-8350-5753-8。 

脚注

  1. 1 2 『浅草女裏譚』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  2. ↑ 松竹歌劇団『レビューと共に半世紀 - 松竹歌劇団50年のあゆみ』国書刊行会、1978年、146頁。
  3. ↑ 『近代歌舞伎年表京都篇』 第9巻、八木書店、1995年、492頁。ISBN 4-8406-9222-X。
  4. ↑ Dying to Tell: Sexuality and Suicide in Imperial Japan University of Chicago Press
  5. ↑ 『時事年鑑 昭和13年版』 - 国立国会図書館デジタルコレクション(要無料登録要登録)

外部リンク