見津車庫
座標: 北緯34度43分1.5秒 東経135度8分47.8秒 / 北緯34.717083度 東経135.146611度
| 見津車庫 (第二車庫) | |
|---|---|
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見津車庫(第二車庫)留置線 | |
| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 兵庫県神戸市西区押部谷町木津字砂子1106-2・押部谷町木津字向井垣内1141 |
| 鉄道事業者 | 神戸電鉄 |
| 最寄駅 | 木津駅 |
| 管轄路線 | 有馬線・三田線・粟生線・公園都市線・神戸高速線 |
| 管轄車両 |
1000系・1100系・1300系 3000系 2000系 5000系 6000系 6500系 |
| 開設 | 1984年(昭和59年)10月7日 |
| 車両基地概要 | |
| 敷地面積 | 19,288 m2 |
| 留置線本数 | 10本 |
| その他設備 | 車輪転削場・訓練線・保線モーターカー基地 |
見津車庫(みづしゃこ)は、兵庫県神戸市西区押部谷町木津にある神戸電鉄の車庫である[1]。「第二車庫」とも称される[1]。
概要
「見津車両工場」「見津検車場」の2施設から構成される予定の車両基地であるが[2]、現在は検車場のうち留置線と付帯設備のみ完成しており、検車場の検車設備および車両工場は未完成である[1]。2020年度(令和2年度)に以降の工事計画が正式に中止された[3]。
これまでの経緯
建設の経緯
神戸電鉄沿線における大規模ニュータウンの開発にともない[2]、神戸電鉄では多額の資金を投じて北神急行電鉄の建設や複線化工事などの輸送力増強策を進めたが[1]、これにあわせて必然的に通勤車両陣も増加させていく必要があり[2]、鈴蘭台検車場・鈴蘭台車両工場だけでは検修能力が限界に近付きつつあったので、粟生線見津信号場隣接地に第二車庫(見津車庫)を建設することとなった[2]。
明石川の付け替えによって面積30,500㎡の広大な敷地を造成し[1]、近代設備の車両工場・検車場・乗務区などを設ける予定で[1]、将来の6両編成化(建設当時の粟生線は5両編成が標準)に対応するとともに[4]、月検査能力200両・全般検査能力4年360両を目標とし[2][4]、鈴蘭台検車場・車両工場と併用して月検査能力では保有車両数440両(鈴蘭台240両・見津200両)まで対応できる方針とした[4]。
河川の付け替えや付帯建物の建設など大規模な工事が予想されるため[1]、建設工事は神鉄エンタープライズ系列の神鉄建設工業に発注し[4]、全面完成は1990年(平成2年)を目標とした[2]。
第1期工事・第2期工事の着工
留置線3線を敷設する第1期工事は1982年(昭和57年)1月18日に着工され[2]、1984年(昭和59年)10月7日に竣工した[4]。同日実施のダイヤ改正にともない5両編成3本の留置を開始した[2]。施工担当は神鉄建設工業である[4]。
第2期工事は明石川の付け替えや大規模な土地造成などを行う大規模工事で[4]、第1期工事完成に先立って1983年(昭和58年)2月9日に着工した[4]。施工は神鉄建設工業と吉田組である[4]。
工事状況と方針の変化
この間にも車両数は増加の一途をたどっており[2]、1990年(平成2年)の第1~4期全面完成を目標に、第2期工事(明石川の迂回付け替え工事や土地造成など)が急ピッチで行われた[1]。しかし第2期工事途上の1987年(昭和62年)にJRグループ誕生にともなう鉄道事業法が施行され[4]、検査回帰の延長が認められたことから[5]、見津車庫建設の急務性が薄れ[5]、当分の間は鈴蘭台検車場で対応できることとなった[5]。このため従来は鈴蘭台と見津の両方で検車場・工場の併用を計画していたが[2]、この状況変化により検車場機能を鈴蘭台に集約し、工場機能を見津に集約する方針に改められた[5]。したがって見津車庫には検車場は設けずに車両工場のみを建設し[5]、見津車両工場が完成後は鈴蘭台車両工場を撤去して鈴蘭台検車場を拡張することとなった[5]。第2期工事は1990年(平成2年)1月31日に竣工し[1]、留置線3線と車輪転削場などが設けられた[1]。
工事の中断
鉄道事業法施行による検査回帰延長で鈴蘭台検車場だけでも十分対応できることから車両工場建設のみに計画変更された見津車庫であるが[5]、車両工場建設についても緊急性を要しないことから、ひとまず車両改造建屋を建設することとなり[5]、1990年(平成2年)6月にはこれら付帯施設の建設を主体とする第3期工事に着手した[3]。これは当時車両の冷房改造の繁忙期であり、改造スペースとして使用していた鈴蘭台車両工場の塗装場が狭窮していたことから計画されたものである[5]。しかし計画を具体化していくうちに車両の冷房改造が完了していったため建設には至らなかった[1]。また阪神淡路大震災の発生や輸送人員の減少により大規模な設備投資が抑制され、車両数も2007年度(平成19年度)の181両をピークに減少に転じたことから[1]、付帯設備の建設工事は事実上の中断状態が続いていた[1]。
用地の有効活用と計画中止
前述のような状況のため、検車場・車両改造建屋・車両工場・乗務区・付帯建物などが建設される予定であった用地は遊休状態となっていた[1]。このため敷地面積30,500㎡のうち北側7,570㎡の未利用地を神戸電鉄不動産事業本部の管轄とし、同部門の発電・売電事業に供するため太陽光発電施設「神鉄見津太陽光発電所」を建設して2013年(平成25年)6月17日に竣工した。
これにより登記上の車庫敷地面積は19,288㎡となった[3]。
施設
現行施設
- 南側留置線3線(第1期工事)
- 北側留置線3線(第2期工事)
- 車輪転削場(第2期工事)
- 訓練線・訓練施設
- 保線用モーターカー基地
- 資材集積場
実現しなかった施設
工事の概略
第1期工事
- 留置線3線(車両収容能力18両)
- 新設に必要な線路勾配の変更
- 本線に出し入れするための線路の新設
- 見津橋梁の新設・改築
第2期工事
- 留置線3線(車両収容能力19両)
- 明石川の付け替え工事
- 車庫敷地の造成工事
- 車輪添削装置の設置
第3期工事・第4期工事
- 車両工場の建設
- 検車庫の建設
- 車両改造建屋の建設
- 検車線5線の敷設
- 洗車線1線の敷設
- 乗務区の設置
- 食堂ほか付帯建物の建設
備考
2010年(平成22年)以降は鉄道イベント「神鉄トレインフェスティバル2010」で見津車庫が車両撮影会会場として開放されている(2020年〈令和2年〉・2021年〈令和3年〉は非実施)[6]。
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 神戸電鉄株式会社『最近10年の歩み : 神戸電鉄70周年記念誌』神戸電鉄株式会社、1998年。 NCID BA37639117。全国書誌番号:99102632。[要ページ番号]
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 神鉄編集委員会、小川金治『日本の私鉄』 23 神戸電鉄、保育社〈カラーブックス 595〉、1983年、126頁。ISBN 9784586505951。全国書誌番号:83019261。
- 1 2 3 4 “146期有価証券報告書”. 146期有価証券報告書. 神戸電鉄. 2026年8月24日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 『神鉄建設工業20年史』神鉄建設工業、1992年。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『鉄道ピクトリアル(528)』鉄道図書刊行会、1990年5月。
- ↑ “『神鉄トレインフェスティバル2010』開催”. railf.jp(鉄道ニュース). 交友社 (2010年10月4日). 2025年11月24日閲覧。
関連項目
座標: 北緯34度44分49.5秒 東経135度4分47.9秒 / 北緯34.747083度 東経135.079972度

