諏訪部定勝

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諏訪部定勝
時代 戦国時代 ‐ 安土桃山時代
生誕 天文5年(1536年)
死没 天正16年12月17日(1589年2月2日)[1]
別名 主水[1]
戒名 念叟[1]
官位 遠江守[1]
主君 後北条氏
氏族 諏訪部氏
父母 父:諏訪部定久[1]
妻 遠山直景娘・妙喜尼
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諏訪部 定勝(すわべ さだかつ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。後北条氏の家臣。武蔵国日尾城主[1]。

略歴

永禄11年(1568年)[要出典]、日尾城に山県昌景らが率いる武田軍が攻めてきた。だが定勝は前日に[要出典]客人と酒を飲んでおり、泥酔状態で寝込んでいた[要出典]。そこで妻の妙喜尼が甲冑を身につけて家臣を引き連れ出陣し、武田軍を撃退した。

その後、鉢形城城主の北条氏邦に平謝りし、断酒したという。[要出典]

登場作品

テレビ番組

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 阿部猛・西村圭子編『戦国人名事典』新人物往来社、p.439(1987)