
土佐藩の脱藩志士集合の地として知られる[1]。元治元年(1864年)8月14日、浜田辰弥(後の田中光顕)のほか、那須盛馬、橋本鉄猪、池大六、伊原応輔の5名が脱藩を決意して集まったのが赤土峠である。その後、仁淀川を舟で下り、黒森越えをして脱藩した。赤土峠の頂上には「脱藩志士集合之地」の記念碑がある[1]。記念碑には、『真心のあかつち坂に忍びあい生きてかえらぬ誓いなしてき』と刻まれている。
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