越後守国儔

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越後守国儔(えちごのかみくにとも、生没年不詳)は、江戸時代の山城国の刀工。堀川国広一門の鍛冶で国広の甥ともいわれる[1]。生国は日向国飫肥(おび)[1]。良業物。

国広の門人となり、山城国堀川に住む[1]。国広門下でのちに大坂鍛冶の祖となった和泉守国貞、河内守国助の指導は国儔によるものといわれる[1]。作風は板目が肌立った地鉄に地沸がつき、刃文は小沸出来ののたれや互の目乱れなどを焼く。

脚注

  1. 1 2 3 4 得能一男「国儔」『刀工大鑑』(太鼓版)光芸出版、2013年8月15日、193-194頁。ISBN 978-4-7694-0147-6。