近藤尚之

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近藤 尚之
こんどう ひろゆき
生年月日 1902年12月18日
出生地 徳島県鳴門市
没年月日 1970年
出身校 徳島県立撫養中学校卒業

当選回数 2回
在任期間 1947年 - 1951年
1955年 - 1959年
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近藤 尚之(こんどう ひろゆき、1902年(明治35年)12月18日[1] - 1970年(昭和45年)[2])は、日本の政治家。初代鳴門市長。

経歴

旧板野郡撫養町出身[2]。1920年(大正9年)、徳島県立撫養中学校(現在の徳島県立鳴門高等学校)卒業。1927年(昭和2年)、製塩業に従事し1939年(昭和14年)に徳島県塩業組合幹事に就任[1]。

1942年(昭和17年)、旧撫養町議会議員に当選[1]。1947年(昭和22年)に鳴門市が誕生し初代市長に就任する。1951年(昭和26年)に退任し、その後は徳島県人事委員会委員となる。1955年(昭和30年)に再び鳴門市長に就任し1959年(昭和34年)まで務めた[1]。

脚注

  1. 1 2 3 4 『日本の歴代市長 第3巻』295頁。
  2. 1 2 『阿波人物誌』98頁。

参考文献

  • 『阿波人物誌』原田印刷出版、1973年。
  • 『日本の歴代市長 第3巻』歴代知事編纂会、1985年。