近藤忠夫

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近藤 忠夫(こんどう ただお、1944年4月12日 - 2020年4月7日)は、日本の経営者。日本触媒社長、会長を務めた。

来歴・人物

新潟県出身[1]。1967年に京都大学工学部合成化学科を経て、1973年に京都大学大学院理学研究科を修了し、同年に日本触媒に入社した[1]。2000年6月に日宝化学社長に就任し、2003年6月に日本触媒常務を経て、2004年6月に副社長に就任し、2005年4月には社長に昇格した[1]。2011年4月に会長に就任[2]。

2019年11月に旭日中綬章を受章[3]。

2020年4月7日、病気のために死去[4]。75歳没。

脚注

  1. 1 2 3 興信データ株式會社 2009, こ168頁.
  2. ↑ 日本触媒社長に池田氏2011年 2月24日 日本経済新聞
  3. ↑ 2019年 11月3日 日本経済新聞 朝刊 P29
  4. ↑ 近藤忠夫氏が死去 元日本触媒社長2022年 4月10日 日本経済新聞

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第45版 上』興信データ、2009年。 
先代
会田健二
日本触媒社長
2005年 - 2011年
次代
池田全徳