遠藤吉三郎

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遠藤 吉三郎(えんどう きちさぶろう、1874年8月30日 - 1921年3月14日)は、日本の生物海洋学者。日本の海藻研究の大家。

略年譜

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海藻寫眞帖

遠藤が1911年から1914年にイギリス、ドイツ、ノルウェーへ留学した際の写真により、1928年に水産講習所(現在の東京海洋大学)によって『海藻寫眞帖』が作成された[4]。

2014年、和歌山県白浜町の京都大学瀬戸臨海実験所(京大白浜水族館)で『海藻寫眞帖』の原版となる遠藤が撮影した藻類の写真のガラス乾板約170枚が発見された[4]。

スキーの普及

欧州留学時に、2本杖を使うノルウェー式スキー術を習得。1916年に帰国した際に、生徒にスキー術を伝えたことから、札幌では2本杖のノルウェー式が一般的となった。後に1923年に開催された第一回全日本スキー選手権大会では、レルヒが新潟に伝えていた1本杖スキーを圧倒。札幌のみならず日本の主流となった[5]。木原均とともに「最新スキー術」という著書を出した。

磯焼け

岡村金太郎とともに日本の海藻学の先駆けとなる研究者であり、伊豆半島の海藻研究から、現地で用いられていた「磯焼け」という用語を用いて定着させた。

出典

  1. ↑ “遠藤吉三郎生誕140周年”. 2020年5月11日閲覧。
  2. ↑ 人事興信所編『人事興信録』第4版、1915年、え13頁。
  3. ↑ 遠藤吉三郎kotobank記事
  4. 1 2 “100年前の海藻写真乾板を発見 海藻学研究者の遠藤氏撮影”. 紀伊民報. (2014年8月5日) 2014年8月5日閲覧。
  5. ↑ 海野弘『スキーはやっぱり・・・』写楽1984年3月号p149