遠藤 所六(読み不明。明治17年5月4日生[1])は、日本統治下時代の台湾で台中市長などを歴任した。福井県坂井郡金津町(現あわら市)出身[2]。
臺北州州協議会会員、基隆郡郡守を経た後、1925年~1928年に台中市長(臺中市尹)を、1928年からは台南市長を務めた[3]。
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