遥山夕貴

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遥山 夕貴
Yuki Haruyama
基本情報
本名 遥山 夕貴
はるやま ゆうき
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-01-02) 1987年1月2日(39歳)
身長 166.2cm
体重 60.2kg
選手情報
所属 日本競輪選手会福岡支部
期別 108期
登録地
2015 - 2019
2019 - 2026
日本競輪選手会福井支部
日本競輪選手会福岡支部
■最終更新日:2025年12月23日  ■テンプレートを表示

遥山 夕貴(はるやま ゆうき、1987年1月2日 - )は、元女子競輪選手。旧姓は梅田(うめだ)。現役時代は日本競輪選手会福岡支部所属(当初は福井支部所属)、ホームバンクは久留米競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第108期生。師匠は鷲田佳史(88期)。

経歴

福井県大野市出身。

金沢大学大学院卒。2006年福井市のキャンペーンレディ「お市の方」準グランプリを獲得[1]。キャンペーンレディとして派遣された福井競輪開設56周年記念で競輪に興味を持ち、ガールズケイリンが始まったことで競輪選手を志した[2]。

2013年12月20日、競輪学校第108回技能試験に合格[3]。在校競走成績は15位(1勝)[4]。

2015年7月21日、豊橋競輪場にて当時の本名である『梅田夕貴』でデビューし5着。初勝利は2016年10月7日の松戸競輪場で挙げた。

2019年6月5日、福井支部から福岡支部へ移籍[5]。その後、第一子を妊娠したため同年10月以降のあっせんは欠場し産休に入り、11月22日に結婚。

2020年3月4日付で現在の登録名に変更[6]、同年6月1日に第1子となる女児を出産[7]。

当初は2021年7月を目途に復帰する意向であったが[7]、2022年11月には長男を出産したこともあってさらに復帰が延び、育児に追われたことで復帰のタイミングを掴めずその後も欠場を続けてしまった[8]。

産休期間は1子につき最長3期(1年半)であり、2子で合わせて最長3年間の産休期間は過ぎたため、2024年後期より登録審査制度(代謝制度)の対象となり、2025年上期も復帰しなかったことで、同年下期限りで代謝制度により引退が決定[注釈 1][注釈 2]。ただ、長女も要望あり復帰を決意、11月に走行能力調査をクリアし、同年12月24日からの地元・久留米FII(ナイター)で6年3か月ぶりに競走復帰。奇しくも、現登録名である遥山夕貴として出走するのはこれが初めてであったが[8]、同開催最終日(26日)一般戦6着が自身ラストレースとしてバンクを去ることとなった[10]。

2026年1月15日、選手登録消除。通算戦績は、363戦16勝。

脚注

注釈

  1. ↑ ガールズケイリンでは期ごとに最低出走本数が定められており、これに満たない場合は不足分を1走あたり40点(通常の開催では最終日一般戦7着の41点が最低)を出走したとみなして加算しなければならない。遥山の場合、前2期が(みなし)40点であったため、2025年後期は代謝制度による強制引退の対象となることが確定していた。
  2. ↑ ガールズケイリンでは産休期間を除いて長期欠場すると代謝制度の対象となり、過去には田仲敦子が長期欠場による競走得点不足により引退を余儀なくされた[9]。

出典

外部リンク