金井武雄

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金井 武雄(かねい たけお 1910年 - 1999年)は、日本の実業家。富士メガネ創業者・初代社長。北海道足寄郡陸別町出身。

生涯

1910年、北海道足寄郡陸別町で誕生[1]。高等小学校卒業後は雑貨店に奉公に出て衣料品の販売促進などに励むも治癒する見込みのない聴力障害で継続が困難になる[1]。

1933年に雑貨店主の紹介で帯広の眼鏡店に転職、道北や樺太まで広範囲に眼鏡などの行商に励み、顧客本位で正確な検査や論理的な説明を心掛けて販売を行った[1]。

その後結核に罹患し故郷の陸別で療養した後、日中戦争による統制経済への移行を見越して資産となる店舗住宅を持つことを考え旭川市の知人の持っていた樺太豊原市内の物件を譲り受け、1939年10月18日に豊原市で富士眼鏡商会を開業[1]。その後外商時代からの知人の紹介で岡田コヨと結婚[1]、肺結核の再発に苛まれながらも東京の眼鏡学の勉強会にも足を運びつつ眼鏡の研究を強め、1941年には長男の重博・1942年には次男の昭雄が誕生[1]。

1944年、海軍に召集され、横須賀海兵団に入隊、更に静岡・大江海軍航空隊に移動するも、難聴により前線に送られず骨折で入院となったことから特攻隊への配属を免れることとなった[1]。同年に豊原市の店は豊原地区配給統制組合文化品部会眼鏡部に接収されている[1]。

1945年10月、札幌市中央区狸小路で店を再建。1960年には隣接地で増改築を行うも[1]、1969年2月19日、本店が隣接店の火災に巻き込まれ、焼失。10月に再建。その後、富士メガネは66店舗にまで拡大。

1996年、息子の金井昭雄が社長となり、引退。

逸話

  • 松下幸之助に対して、眼鏡を替えるよう助言し、受け入れられた。

参考文献

  • 坂本光司著『日本でいちばん大切にしたい会社2』P30-031

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 北海道青少年叢書41 北国に光を掲げた人々 - 北海道科学文化協会(2023年)