金子収事

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金子 収事(かねこ しゅうじ、1915年〈大正4年〉 - 1981年〈昭和56年〉2月16日)は、日本の建設技官。東北地方建設局長、国土地理院長を務めた。位階は正四位。

人物・経歴

1938年(昭和13年)3月31日に東京帝国大学工学部土木工学科学士試験合格[1]、同年内務技手任官。1940年(昭和15年)7月10日に内務技師(高等官七等)に任ぜられ、名古屋土木出張所勤務となる[2]。1951年(昭和26年)7月16日建設省中部地方建設局豊橋工事事務所長を命ぜられ[3]、その後建設省河川局計画課長、治水課長、東北地方建設局長などを経て1964年(昭和39年)7月6日国土地理院長に就任[4]。1965年度から1966年度まで日本地図学会会長を務めた。

栄典

脚注

  1. ↑ 『官報』第3382号、昭和13年4月14日。
  2. ↑ 『官報』第4053号、昭和15年7月11日。
  3. ↑ 『官報』第7376号、昭和26年8月10日。
  4. ↑ 『官報』第11268号、昭和39年7月7日。
  5. ↑ 『官報』第4115号、昭和15年9月21日。
  6. ↑ 『官報』第16242号、昭和56年3月18日。
  7. ↑ 『官報』第16243号、昭和56年3月19日。
官職
先代
今澤豐正
日本の旗
国土地理院長

1964年 - 1966年
次代
安藝元清