長井元保

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長井元保
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不詳
死没 文禄2年5月4日(1593年6月3日)
別名 通称:太郎三郎→次郎右衛門
主君 毛利輝元
氏族 大江姓長井氏
父母 父:長井就安
兄弟 元保、女(長井元重正室)
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長井 元保(ながい もとやす)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。毛利氏家臣。父は長井就安。

生涯

安芸国の戦国大名・毛利氏の同族[1]である長井氏の出身で、毛利氏家臣の長井就安の嫡男として生まれる。

天正9年(1581年)12月23日、毛利輝元の加冠状を受けて元服し、「元」の偏諱を与えられて「長井元保」と名乗った。

天正20年(1592年)から始まる文禄の役に従軍したが、文禄2年(1593年)5月4日に朝鮮で戦死した。元保が戦死したことにより、湯浅将宗の嫡男であった湯浅次郎五郎(後の長井元重)が父・就安の娘婿となって家督を継いだ。

脚注

  1. ↑ 毛利氏と長井氏はともに大江広元の子孫にあたり、長井氏は大江広元の次男・長井時広、毛利氏は大江広元の四男・毛利季光を祖とする。

参考文献