長嶌寛幸

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長嶌 寛幸
生誕 (1966-10-27) 1966年10月27日(57歳)
出身地 日本の旗 日本 京都府
ジャンル 映画音楽
職業 作曲家・サウンドデザイナー
活動期間 1989年 -
共同作業者 Dowser

長嶌 寛幸(ながしま ひろゆき、1966年10月27日 - )は、日本の作曲家、サウンドデザイナー。東京芸術大学大学院映像研究科教授。妻はロックミュージシャンのPhew[1]。

バイオグラフィー

10歳からテープレコーダーとシンセサイザーで作曲を始め、独学で作曲法を習得する[2]。1989年、関西学院大学社会学部を卒業[3]。映画音楽家としてのキャリアは1989年の『指圧王者』(石井聰亙監督)から始まる[2]。また、Dowser(ダウザー)としての活動も行っている[4]。2011年、東京芸術大学大学院映像研究科(映画専攻)准教授に就任[3]。2014年より同教授[3]。

作品

フィルモグラフィー

テレビドラマ

脚注

出典

  1. ↑ 剛田武著『地下音楽への招待』第13章「わたしはこの本を認めない」ロフトブックス、2016年9月、360頁。
  2. 1 2 新谷, 尚之 (2012年4月11日). “長嶌寛幸インタビュー”. ソドムの市. 2014年1月1日閲覧。
  3. 1 2 3 “長嶌 寛幸(ナガシマ ヒロユキ)”. 教員総覧. 東京藝術大学. 2015年3月27日閲覧。
  4. ↑ 海老根, 剛 (9 1998). “Dowser 精密で野蛮な音楽機械”. カイエ・デュ・シネマ・ジャポン (勁草書房).

外部リンク