長谷景治

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長谷 景治
1956年頃撮影
国籍 日本の旗 日本
泳法 背泳ぎ
生年月日 (1935-07-03) 1935年7月3日(89歳)
獲得メダル
アジア競技大会
金1954 マニラ100m背泳ぎ
金1958 東京100m背泳ぎ
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長谷 景治(はせ けいじ、1935年7月3日- )は、日本の競泳選手。早稲田大学商学部卒業[1]。日本マスターズ水泳協会の副会長を務めている[2]。

経歴

大阪市立高倉中学校、大阪市立都島工業高等学校普通科卒業[3][4]。早稲田大学商学部在学中の1956年のメルボルンオリンピックの100m背泳ぎに出場[5]、準決勝で敗退した[6]。

1954年、1958年のアジア競技大会の100m背泳ぎでともに金メダルを獲得している。

1954年9月17日、田中守・長沢二郎・谷訯との400mメドレーリレーで4分17秒2の世界新記録、1955年8月13日、古川勝・石本隆・古賀学との400mメドレーリレーで4分15秒7の世界新記録をつくり、1954年度、1955年度の朝日スポーツ賞に選ばれている[7]。

日本選手権水泳競技大会の100m背泳ぎで1954年から1957年、1959年に優勝[1]、200m背泳ぎで1955年、1956年に優勝している[8]。

2000年には木原光知子が大会委員長を務める「ウーマンズ・スイム・フェスティバル2000」の大会副委員長を務めた[9]。

脚注

  1. 1 2 “歴代日本背主権獲得者 男子 100m 背泳ぎ”. 日本水泳連盟 (2012年). 2012年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月28日閲覧。
  2. ↑ “協会案内”. 日本マスターズ水泳協会. 2012年7月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月28日閲覧。
  3. ↑ “Mニュース 都島だより 3頁” (PDF). 関東浪速工業会 (2007年5月). 2023年10月1日閲覧。
  4. ↑ “月刊水泳 第112号 4頁” (PDF). 日本水泳連盟 (1956年11月). 2023年10月1日閲覧。
  5. ↑ 中澤篤史. “オリンピック日本代表選手団における学生選手に関する資料検討” (PDF). 一橋大学大学教育研究開発センター. p. 7. 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月30日閲覧。
  6. ↑ “Biography and Olympic Results”. Sports Reference LLC. 2020年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月28日閲覧。
  7. ↑ “朝日スポーツ賞朝日スポーツ賞(1974~1929年度)”. 朝日新聞. 2012年7月28日閲覧。
  8. ↑ “歴代日本選手権獲得者 男子 200m 背泳ぎ”. 日本水泳連盟 (2012年). 2012年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月28日閲覧。
  9. ↑ “ウーマンズ・スイム・フェスティバル2000実行委員名簿”. 木原光知子オフィシャルサイト. 2012年7月28日閲覧。

関連項目

外部リンク