阿倍豆余里

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阿倍 豆余里(あべ の つより、生没年不詳)は、奈良時代の女官。姓は朝臣。官位は女孺・正五位上。名は都予利とも表記される。

経歴

淳仁朝の天平宝字8年(764年)正月に、女孺で従六位下から従五位下に昇叙[1]。その後、時期は不明だが正五位下に進み、称徳朝の天平神護元年(765年)正月、藤原仲麻呂の乱の後の論功行賞で、大野仲仟らとともに正五位上・勲四等に叙せられる[2]。

官歴

『続日本紀』による

脚注

  1. ↑ 『続日本紀』巻第二十三、廃帝 淳仁天皇 天平宝字5年正月7日条
  2. ↑ 『続日本紀』巻第二十六、称徳天皇 天平神護元年正月7日条

参考文献