江戸時代の医家橘南谿の紀行文『西遊記』板本巻之四の「仙人」の段[1]によると、薩摩藩士・平瀬新右衛門の子の甚兵衛という人物が、世を逃れて霧島山に入り、仙道を数十年修練し、名を雲居官蔵と改め、飛行の術などを会得したと伝えられ、橘南谿が現地に旅をした頃(天明年間)には百数十歳に達していたと記している。
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