青山成次

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青山成次
時代 江戸時代前期
生誕 文禄2年(1593年)
死没 寛永16年5月5日(1639年6月6日)
幕府 江戸幕府旗本
主君 徳川秀忠
氏族 青山氏
父母 青山成重、常岡当自娘
兄弟 成次、浅羽幸正室
妻 彦坂光正娘
子 成政、成親、小笠原元定室
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青山 成次(あおやま なりつぐ)は、江戸時代前期の旗本。

略歴

文禄2年(1593年)、下総国飯田藩初代藩主・青山成重の長男として誕生した。

慶長18年(1613年)、父・成重は大久保長安事件に連座して改易されたが、後に嫡男である成次に新知1,000石が与えられ、子孫は旗本として存続した。成次の子・成政の代に1,200石となり、4代あとの成存は勘定奉行になっている。

系譜