青木諭吉

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青木 諭吉
生誕 1887年3月1日
日本の旗 日本 岡山県
死没 (1973-09-05) 1973年9月5日(86歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1910年 - 1941年
最終階級 陸軍主計少将
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青木 諭吉(あおき ゆきち、1887年(明治20年)3月1日[1] - 1973年(昭和48年)9月5日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍主計少将。旧姓は奥野[1]。

経歴

1887年(明治20年)に岡山県で生まれた[1]。陸軍経理学校第4期主計候補生として1910年(明治43年)5月24日に卒業した[2]。1934年(昭和9年)6月28日に第2師団経理部長に就任し[3]、12月10日に陸軍一等主計正に進級した[3]。1935年(昭和10年)12月に陸軍経理学校教官に転じ[3]、1936年(昭和11年)3月に陸軍経理学校幹事に就任した[3]。

1938年(昭和13年)7月に陸軍主計少将に進級し[3]、1940年(昭和15年)8月に東部軍経理部長に着任[1]。1941年(昭和16年)11月6日に待命[3]、11月7日に予備役に編入された[1]。

脚注

参考文献

  • 柴田隆一・中村賢治 著『陸軍経理部』芙蓉書房出版、1981年。 
  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。