青柳憲輝
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| 基本情報 | ||||
| 愛称 | チェロ柳 | |||
| 生年月日 | 1989年2月21日(35歳) | |||
| 国籍 |
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| 出身地 | 栃木県宇都宮市 | |||
| 身長 | 172cm | |||
| 体重 | 64kg | |||
| 選手情報 | ||||
| 分野 | ロードレース | |||
| 特徴 | オールラウンダー | |||
| アマチュア経歴 | ||||
| 2004-2006 | 作新学院高等学校 | |||
| 2007-2010 | 法政大学 | |||
| プロ経歴 | ||||
| 2011-2013 | シマノレーシング | |||
| 2014-2015 | 宇都宮ブリッツェン | |||
| 監督経歴 | ||||
| 2016-2017 | 作新学院大学 | |||
| 最終更新日 2020年1月3日 | ||||
青柳 憲輝(あおやなぎ かずき、1989年2月21日 - )は、栃木県宇都宮市出身の元自転車プロロードレース選手である。
人物概要
中学3年の時に友達に連れられてジャパンカップサイクルロードレースを初観戦。あまりのかっこ良さに「僕もプロになる!」と誓った[1]。
引退
宇都宮ブリッツェンでは思うように走れず、「そろそろ選手生活に見切りをつけなければという気持ちを持つようになった」とともに、もともと心臓に不整脈があって直接的には選手生活に影響は無いものの、気持ちの面で引っかかることがあるのが引退決断の理由の一つになった[1]。
「引退後も自転車に関わる仕事がしたい」と思っていたところ、宇都宮ブリッツェンの廣瀬佳正GMから、2015年・秋に創部となる作新学院大学自転車部競技班の監督をオファーされ、自分に務まるのかという不安はあったが、最終的には引き受けることにした(〜2017)。[1]
チェロ
来歴
- ツール・ド・北海道 山岳賞2位
- 全日本自転車競技選手権大会U23男子タイムトライアル 2位
- シマノレーシング加入でプロ入り。
- ツール・ド・熊野 敢闘賞
- ジャパンカップサイクルロードレース 山岳賞
- 台湾カップ 優勝
- 第67回国民体育大会ロードレース 2位
- ケルニール〜ボルフローン 5位
- 宇都宮ブリッツェンに移籍
- 10月18日 ジャパンカップサイクルロードレース 3周目で山岳賞獲得
- 11月1日 JPT「第2回 JBCF おおいたいこいの道クリテリウム」 優勝
- 12月31日 宇都宮ブリッツェンを退団し現役引退[1]。
作新大学自転車部
2015年11月に創部され、「競技班」のほかに、トライアスロンの「水陸班」、トレーナー活動などを行う「支援班」、スポーツツーリズムを提案する「旅行班」などがあった。現在は主に競技をおこなう部となっている。創部当初は、大学からの補助金は一般のサークルと同程度であったが、その後は部となった。独自に企業スポンサーを獲得して活動費を捻出しており、宇都宮ブリッツェンから機材やチームカーの提供を受けている[1]。
脚注
- 1 2 3 4 5 6 「SPRIDE 創刊準備号」 (2016.4下野新聞社発行)
- ↑ すばらしいことプライベートブログ 2009年11月9日
- ↑ (2012年)オリオンスクエアが沸いたジャパンカップ チームプレゼンcyclowired
- ↑ (2013年)青柳憲輝(シマノレーシング)がチェロを弾き続けるcyclowired
- ↑ (2014年)地元・宇都宮ブリッツェンが沸かせる…チームプレゼンexciteニュース
- ↑ (2015年)チェロ柳こと青柳憲輝の演奏は今年も淡々と続いたcyclowired
- ↑ 作新学院大が自転車部を創部cyclist
外部リンク
- 作新学院大学自転車部競技班
- 公式ブログ 転がる石になれ!(宇都宮ブリッツェン時代)
- 公式ブログ 転がる石になれ!(シマノレーシング時代)
- プライベートブログ - ウェイバックマシン(2019年11月1日アーカイブ分)
- 青柳憲輝 - サイクリングアーカイヴス