(徳島県) | |
|---|---|
| 城郭構造 | 平城 |
| 築城主 | 飯尾吉連 |
| 築城年 | 1339年(建武3年) |
| 主な城主 |
飯尾吉連 飯尾常利 飯尾常重 |
| 遺構 | なし |
| 再建造物 | なし |
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1339年(建武3年)に飯尾吉連によって築かれたと云われる[1]。飯尾氏は鎌倉幕府の初代問注所執事である三善康信の末裔を称し、阿波国麻植庄西方の総地頭となって飯尾城を築いたとされる[2]。
1579年(天正7年)に脇城外の戦いで城主の飯尾常利は討死し、1582年(天正10年)の中富川の戦いで兄の飯尾常重も討死、その後、末弟の飯尾利隆が石原に改称し帰農したといわれている[2]。
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