高倉永継

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高倉 永継
時代 室町時代後期 - 戦国時代
生誕 応永34年(1427年)
死没 永正7年7月12日(1510年8月16日)
改名 永継→常祐(法名)
官位 従二位、権中納言
主君 後花園天皇→後土御門天皇→後柏原天皇
氏族 高倉家
父母 父:高倉永豊
兄弟 永継、今出川教季室、永熈
妻 東坊城益長娘
子 永康、甘露寺元長室、山科言国室、継子、本願寺光兼妻、證誠寺善鎮妻
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高倉 永継 (たかくら ながつぐ)は、室町時代後期から戦国時代にかけての公卿。権中納言・高倉永豊の子。官位は従二位・権中納言。高倉家5代。

経歴

後花園朝の嘉吉2年(1442年)叙爵[1]。長らく散位で昇進は遅く、応仁元年(1467年)に41歳で従三位・非参議に任ぜられ、公卿に列する[2]。その後も昇進は停滞し、文明14年(1482年)56歳で権中納言に昇進[2]。文明17年(1485年)に権中納言を辞して[2]出家(法名常祐)。

永正7年(1510年)薨去。享年84[1]。

官歴

注釈のないものは『公卿補任』に基づく

系譜

主に『系図纂要』による[3]。

注釈

注釈

  1. ↑ 享禄3年から天文4年のうちに没したか[4]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 『諸家伝』巻8
  2. 1 2 3 4 5 6 『公卿補任』
  3. ↑ 系図纂要4下, pp. 601–602.
  4. ↑ 米澤 2023, pp. 73, 86.
  5. ↑ 米澤 2023, p. 80-82.

参考文献

先代
高倉永豊
高倉家
5代
次代
高倉永康