高向色夫智

ウィキペディアから、無料の百科事典

高向 色夫智(たかむく の しこぶち)は、飛鳥時代の貴族。名は色夫知とも記される。官位は従五位下・山背守。

経歴

文武朝末の慶雲4年(707年)小治田安麻呂・小治田宅持・上毛野堅身とともに従六位下から四階昇進して従五位下に叙爵する。

元明朝の和銅元年(708年)右兵衛督に任ぜられ、翌和銅2年(709年)田口益人に官職を譲り、坂合部三田麻呂の後任として山背守に任命されている。

官歴

『続日本紀』による。

脚注

    参考文献